美杉町の田舎ぐらし体験は、新しい「昔旅」。

2022.6.16

園 佳士

園 佳士

お天気の良い週末。休日の昼食や夕食に家庭菜園の穫れたて野菜を味わう贅沢。春ならスナップエンドウ、夏なら胡瓜とビール。秋や冬にも美味しい葉物野菜をサラダにすれば、ワインの似合う食卓に早変わり。汗をかき、土に触れ、手塩にかけた野菜たちの美味しいこと!草取りや水やり、獣害対策など沢山しないといけない事もあるけれども、美味しい朝の空気、大きく広がった空、表情を変えていく雲、四季変わる美しい風景にも出会え、体を動かす時間とともに心豊かになる時間に繋がっていくものです。

田舎に暮らしていれば当たり前にあるこんな贅沢な時間も、育った田舎を離れてしまえば得にくくなるもの。そんな時に役立つのが「田舎ぐらし体験」。ここ津市美杉町は大阪府、京都府、滋賀県、奈良県などの関西圏だけでなく、愛知県、岐阜県などの東海圏からも日帰り可能な立地が魅力の1つです。そんな便利な場所でありながらも地域には昔からの原風景が残り、訪ねれば実家で見ていた朝の風景、夕刻の香りを感じることが出来る故郷のような場所。ここでの「田舎ぐらし体験」は野菜収穫や田植え、虫取り、そば打ち、パン作りなどの定番メニューに加え、他地域では体験出来ない「スペシャルメニュー」が存在しているのです。

農村の原体験に触れる事のできる美杉旅。今回の記事では美杉町田舎ぐらし体験のスペシャルメニュー、文化継承のためにと藁細工作りを伝え続ける森谷正己さん(以下 森谷さん)の藁細工工房をご紹介します!

工房の前には鹿の足跡。美杉町の夜道には鹿がいっぱいですから、舗装された道でも時速30km程度で走っておかないと鹿の急な飛び出しに対応が出来ません(笑)。森谷さんの工房の前には一級河川の雲津川に流れ込む八手俣川が流れ、川の向こうには高束山(たかつかやま)がそびえており、白山町から美杉町に入ったばかりの場所にある工房でも雄大な自然を楽しむことができます。美味しい空気と香りが楽しめる場所に立つ工房の扉を開けると、工房じゃなくて博物館!?森谷さんが実際に使われていた農作業道具が所狭しと並びます。

ここで体験できるのは藁細工作り。今、森谷さんが教え、そして作る藁細工は、昭和20年前後に身の回りの素材を活用して作られ使われていたもの。これらを作る技術は今教わらなければ無くなってしまうかもしれない昔ながらの技術ばかり。農作業のこと、農業のこと、藁細工作りのこと。お話を聞かせて頂く時間自体がすごく貴重なものなのだと実感できる場所でも有ります。

藁細工作りは「縄をなう」ところからがスタートします。「縄をなう」とは2、3本の藁を手のひらで擦り合わせて1本の縄にすること。使う稲藁も5列1束にしたものを1週間程度天日干しして乾燥させ、根の方を切って節をそろえ、梳いて(すいて)という工程を経ています。稲は古くから大切な食料というだけでなく富の象徴や宝として崇められていて、神が宿るとも信じられていたもの。それだけでなく今のように豊かではなかった時代背景もあり、稲穂から米を収穫した後も何ひとつ無駄にはせず、工夫して日用品を作り出していたのだと考えられます。物をとても大切にしておられた昔の人たちの知恵や実践は、今の世で言われるSDGSとも繋がっています。

1本の弱々しい細い藁が、なう事で頑丈な縄になる。その縄を編めば藁草履になり、藁を束ね編んでいけば藁かごや藁帽子、藁合羽になります。それぞれに編み方があり、慣れないと作れず、藁帽子を作るのにも3日の作業が必要になります。そこまで時間が取れない人の体験では、稲藁の花瓶やしめ縄作りの体験も。頑張れば半日で完成させることが出来ますよ。それらの作業を森谷さんは根気強く手取り足取り丁寧に教えて下さり、孫を見守るような優しくあったかい眼差しのまま、そばで作業を見守ってくれます。頭で考えるのではなく、体で憶えていく作業に没頭すれば、日常の事を全て忘れる事が出来ますね。

昭和8年に生まれてからずっと美杉町で暮らす森谷さんは、今年90歳。今でこそ15名以上の講座生を持つ藁細工職人として地域内外で名前の通った方ですが、文化継承のためにと藁細工を作るようになったのはわずか14年前の事。75歳となった年に農作業を息子さんに譲り、すこしゆっくりと出来る時間を持てるようになった森谷さん。そんな時にふと思い出したのがお父さんに教えて貰った藁合羽作りの事でした。時は昭和20年の戦時中。森谷さんのお父さんは心臓が悪く、戦地にも出兵できず、力仕事の多い農業で家族を養う事も出来なかったそう。森谷さんは次男でしたがお兄さんが戦地へ出兵していたので、必然的に家を継ぎ農地を守る生活を12歳から始める事になります。大変な農作業の中でお父さんから最初に教えて貰ったもの。それが藁合羽作りでした。

お父さんから多くの藁細工を教えて貰った森谷さんも、藁細工作りを再開した時には記憶があやふやになっており失敗した試作品数は数え切れず・・。それでも、一緒に作業を重ねたお父さんに記憶の中で会いに行けるのが楽しみで、試行錯誤を重ね、ようやく藁合羽を完成させます。時はちょうど秋。地域交流の場として野菜の出品や自作作品の出展が行われる地域内の文化祭に、せっかくだからと1年以上の時間をかけて作りあげた藁合羽を出品したところ、多くの人から沢山の反響を頂く結果につながりました。歳を重ねた地域の方々には懐かしく感じられ、藁細工を知らない若い人たちには新鮮だったんですね。森谷さんの手から生み出された藁細工の数々は、実家にある家庭菜園の中で光る野菜のように美しいです。

地域文化を伝える藁細工作りが、人の笑顔作りにも繋がる。そう実感した森谷さんは積極的に藁細工を作るようになり、作品作りを重ねていきます。その作品を見聞きした人たちが教えを乞うようになって、教える機会が生まれていき、今は前述のように講座生が15人を超えています。中には150km以上離れた京都府からも泊まり込みで藁細工を学ぶため、来訪を重ねられている生徒さんもいるそう。藁細工の作り手がいかに少なくなり、貴重になってきているかがよく分かります。今、世の中ではデジタル化、デジタル技術(DX)を活用した効率化で後継者不足という課題に向き合っています。この身の回りの素材を活用し、工夫をして、手から日用品を作り出す昔ながらの技術。デジタルからは程遠く、技術の伝承にも時間が掛かり、更にはこの美杉地域は都市部よりも少子高齢化や過疎化が進んでいます。それでも、この地域の中で3人もの後継者が育っているそうです。手から生み出す技術が持つ魅力、伝統をつなぐ魅力、それを伝え続ける森谷さんの魅力が伝わってきます。

この森谷さんの工房。昔ながらの道具を手に取り、昔ながらの農作業のお話を聞くことが出来ます。さらにはかつての農作業衣装を羽織らせてくれたりと、農業経験者にはテーマパークのような場所。農業を知らなくても昔の事を聞かせて貰うと思わず「へぇー!」という言葉が口からこぼれてしまいます。

聞かせて頂くお話が面白くって色んな所へ話が脱線しちゃいますから、時間に余裕を持って訪問される事をオススメします(笑)美杉町内の農家民宿へ泊まって田舎ぐらし体験の定番メニューを体験しつつ、藁細工作りにも挑戦すれば、それがきっとこの美杉町でしか体験する事の出来ない田舎旅になるはずです。

いつでもアテンドしますからね!

 

わら細工体験

https://www.inaka-tourism.com/misugi-taiken/わら細工/

インスタグラム Instagram

#inaka_tourism

上に戻る